幕間――絆

 

 


 士郎が風呂場へ向かったことを廊下を覗き確認すると、凛はようやくそこでイライラとした表情を和らげた。
 そして、セイバーの向かいに改めて座ると、ふっと優しい顔を向け、
「……ごめんね、セイバー」
「えっ……?」
 今までからは決して想像出来ないような言葉を告げていた。
「ホントだめね、わたしって。どうしてこう、すぐムキになっちゃうのかしら」
 自分の愚かさを嘆きながら、それでも笑顔を崩さない凛に、セイバーは明らかに動揺していた。
「あの、凛……?」
「セイバー、あなた今朝の調子はどうだった?」
 と、セイバーが何かを聞く前に、凛は質問をする。
「え……? あ、はい。今朝は今までになく心地よい目覚めでしたが……」
 唐突な問いにセイバーは一瞬驚いたような反応を見せたが、その言葉に素直に答えていた。
 すると、その返答にとても満足したのか、凛はふっと優しい笑みを浮かべた。
「そう……よかった」
「え――?」
 まるでずっと心配していたような口振り。
 セイバーは意味が分からないようにそれを見ていたが、凛は少しだけ間をおくと、
「あのね……士郎の魔力、感じたでしょ?」
 事の核心へ、少しずつ踏み出した。
「……はい」
 セイバーはそれが偽り無い事実だとばかりに少しだけ俯きながら答えると、ちらりと凛の方を見ていた。
 その表情は微かに紅潮して、まるで照れているよう。何かを知っている、そんな風な表情だった。
「セイバーなら分かってるわよね? それがどういうことかって」
「! ……はい」
 と、詰問するでもない、さりげない言葉にセイバーは過剰な反応を示し、そして……ゆっくりと頷いたのだった。
「そっか――なら、問題ないじゃない」
 半分は予想された答えだったのだろう、凛はさほど驚く様子も見せず納得する。
「ごめんねセイバー。誤魔化すつもりじゃなかったんだけど……」
「! いえ、あれはわたしが空腹に思考を欠いてたからで……」
 と、納得しあえたのか、二人は互いに謝りながらわだかまりを自然に解いていた。
 結局はお互いが切り出せないだけであった。
 凛と士郎の行為が何を意味していて、それがどうセイバーに働くのかも、全て分かり合えていることだったのだ。
「ううん、わたしが悪いの。ごめんなさい」
「凛……」
「ね……だから」
「……はい」
 凛が仲直りの握手を求めると、セイバーはそれに応えてテーブル越しにしっかりと握った。
「うん、これでよしっ」
 凛とセイバーは、士郎よりいち早く互いを確認し合っていた。

「……でね、セイバー」
 そして、凛は困ったように告げる。
「さっきのことですね?」
「そう……そうなんだけど……」
 凛は言い淀んでいる。
 自分でも、何を言ってるのかと思った。
 しかしそれは、もう宣言してしまったこと。
 迷いは――しかし、確実にまだあって――
「凛。わたしは二つ告げなければならないことがあります」
 ――そんな凛を、セイバーはじっと見つめた。
 すうっと深呼吸すると、セイバーは本当に嬉しそうな顔。
「わたしは――シロウを、心から愛しています。だから、抱かれることはむしろ――嬉しいのです」
「……」
 それは恋人として、凛にとって一番痛い言葉。
 目の前の少女に、感じてはいけない感情。
 ――嫉妬。
 自らを恥じながら、凛は胸の痛みに微かな寂しさを感じた。
「それと」
 しかし、
「わたしは――凛も、心から愛しています。それを忘れないで下さい」
 ――はっと。
 凛はその言葉に顔を上げると、セイバーを見つめた。
 ――セイバーは、決してこの関係を壊そうとなどしていない。
 ――自分を犠牲にして……守ろうとしている。
「――うん、ありがとう……」
 涙が出そうになった。
「ったく……その自己犠牲なところ、前のマスターに似たのかしらね?」
 そうやって誤魔化して、凛はふうっと溜息をついて苦笑いをひとつ。
「ふふふ……そうかもしれません」
 セイバーも、同じように自分のそれに笑って。
「さあ、じゃあ士郎が出たらセイバーもしっかり綺麗になりなさいね? わたしの士郎を汚い身体で触ったら、許さないんだから?」
「はい」
 そうやっていつも通りに笑う姿を、士郎は知ることはなかった。








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