「……」

 私はドアの前で、放心したままでいました。

「……」

 やがて、ずるずるとドアにもたれかかるようにして、私は崩れ落ちました。

「……ああ……」

 私は小さく一つ声を出すと、がくりと力を失い、首をうなだれるばかりでした。

 私は……いつの間にここへ来たのでしょうか。
 気付けば、決して開ける事の出来ないこのドアの前に立ちすくんでいました。

 私は、何をすればいい?
 このドアを、ノック……する?
 それとも……?

 いえ、そんな事が出来るはずがありません。
 かと言って、両の足は影が地面に縫いつけられてしまったかのように動きません。

 ここには……
 ここには、志貴さんと……翡翠ちゃんが……

 その当然の事実が、私を苦しめます。

 どうして……どうして……

 私のこころが、グラグラとおかしくなっていきます。すると……

「……」

 はっと、体が震え上がるような感覚を覚えてしまいました。

「志貴……さん……」

 今、確かにドアの向こうから声が聞こえました。それは、志貴さんの声。

「……」

 そして、僅かに翡翠ちゃんの……
 私は、してはいけないのにドアに耳をつけ、中の様子を盗み聞いてしまいます。

「あっ……」
「翡翠……」

 二人の声が、私の心を鞭のように激しく打ちました。

 イヤ……

 思わず目を閉じてしまいますが、それは更に私の聴覚を敏感にさせてしまうばかり。

 はぁ……はぁ……

 聞こえないはずの二人の荒い息づかいまでもが、私の中でこだましてしまうようでした。

「そん……な……」

 分かっていたはずの事実。それは二人が恋人なのだから……
 なのに、それを知ってしまう事はなんて残酷なんでしょうか。

「ああ……ああ!!」

 翡翠ちゃんの声が、切羽詰まったものになり、そして……

「翡翠!」

 志貴様の大きな叫び声が、私の体に稲妻を走らせました。
 ドアに聞き耳を立てたまま、私は激しく震え……そして沈黙した部屋に、全てを理解してしまいました。

 「……あぁ」

 気付けば、私の手の甲にぽろぽろと雫がこぼれおちていました。

 なんて……悲しいのでしょうか。

 私はそれが何で落ちてきたのか、理解する心を失っていました。ただ、何かが切れてしまったように漏れ出すその雫を、止める事が出来ません。

「ああ……あぁ……」

 おかしいです。どうしてこんなにおかしな気分になってしまうのでしょうか。

 私は、ただこのお屋敷の使用人だというのに。
 志貴さんは、私の主人だというのに。
 翡翠ちゃんは、私の……妹だというのに。

「あは……は……」

 何故だか、笑ってしまいました。
 私ったら、こんな所で何をしているのでしょうか?
 こんな所で、二人の情事を盗み聞いて、何がしたかったのでしょうか?

「ん……」

 あれから初めて、部屋の奥から音が聞こえてきました。
 それでやっと、私は目の前が開けてきました。

 私はなんとか立ち上がると、気付かれないようにそこを後にして……自分の部屋に逃げ込むように入っていきました。

 バサッと、ベッドに倒れ込むようにします。
 ああ……お掃除まだだったなぁ、とか、少しだけ冷静になろうとしている自分がいました。

 でも……先程の記憶が、私の頭から離れる事はありません。
 あのドアの向こうでは、翡翠ちゃんが……

「……んっ……」

 気付けば、私は和服の合わせから自分の右腕を滑らせ、その窮屈になっている胸を触りました。

「ああっ……」

 僅かに触れただけで、物凄い快感。
 私はおかしくなってしまったようで、それを優しく自分でなぞります。

「んっ……ああ……」

 自分に与えられる、甘い感覚。
 それは、自分の手ではなくて……

「……志貴……さんっ……」

 私はその笑顔を、その腕を思い出しながら、強く自分の胸を揉みしだきます。

 私のベッドの上。そこで私は志貴さんに抱かれている事を妄想しているのです。
 なんて浅ましい、使用人として恥ずかしい行為なのでしょうか。

 志貴さんの手は私を弄ぶように動き、私の着物をはだけさせます。優しく肩まで露わにして、隠されていた二つの膨らみを空気に晒します。

「ああっ……」

 乳首に、そっと指の腹で触れます。その瞬間、甘美な刺激が痛いくらいに私を襲い、ぶるりと震え上がっていました。

「志貴……さん……はぁ……っ!」

 少し強く抓るようにすると、志貴さんがわたしに意地悪をしているようで、切なくなってしまいます。

「ん……もう……だめっ……」

 私はゆるゆると空いた手を着物の裾に伸ばし、自分の腿に触れさせます。それだけで触れられた事のない部分はわななき、ぴりぴりと痺れるような快感が私を襲います。
 そして、私は次第にその奥……私の一番熱いところに手を伸ばしました。

 トロッ……

「ああっ……」

 そこは既にとろとろに溶け、指を迎え入れる喜びに溢れていました。
 恥ずかしさに腿を摺り合わせると

 にちゅ……

 分泌液でしとどに濡らされたそこが、ねっとりとした音を立てました。

「ああ……」

 その音に、自分で興奮を覚えてしまいました。さらにまた私の奥から蜜が溢れ、はさみ付けた指先に触れました。

「志貴さん……んんっ!」

 私は、ゆっくりと自分の指を花に飲み込ませました。
 ぐちゅりとそれを素直に受け入れた私の中は信じられない程に規則的に、指であるにもかかわらず優しく私を締め付けました。

 どうして……こんな……

 私が七夜として生きる前、私はどんな女だったのでしょうか?
 こんなにはしたなく、自分の指でさえも受け入れてしまうなんて……

 でもそれを思い出したくても、どうしても思い出す事が出来ません。
 
 私の知らない私がいる

「ああっ! 志貴……さんっ!」

 胸を弄り、股間に指を埋めさせ、私は喘ぎ声を上げてしまいます。
 一層激しく胸を揉み、指は2本を同時にぐちゅぐちゅと出し入れさせ、それを志貴さんだと思ってしまっています。

 志貴さんは、こんな私を軽蔑してしまうに違いない……

 そう思っても、志貴様に触れられたい体は言う事を聞いてくれません。
 むしろ、私の欲望の為すがままに自分を愛撫し、おかしくさせていきます。

 はぁはぁと、たった一人だけの荒い息づかい。そして水音。

「あはぁっ!」

 私は、余った親指で包皮に隠されたそこを強く弄りました。瞬間、どうしようもない程強い衝撃が私を襲い、一気に高められていきました。

「ああっ! 来て! 志貴……さん……!!」

 私は最後にそう叫ぶと乳首を捻り、指を最深部まで沈めさせ、淫核に強烈な刺激を与えながら達しました。

 それは、志貴さまが私の中を一杯に満たしてくれる事を願いながら、強く、激しく。

 ぎゅうっと、自分の腕を挟み込むように脚を強く閉じ合わせ、私はその絶頂感に意識をやります。奥の方で、まるでお漏らしをしてしまったかのように愛液が迸り、ぎゅっとした襞の収縮に下半身が融けてしまいそうな感覚でした。

「あああ……」

 ひく、ひく、と痙攣するからだ。どうしようもない自分の中の波に、私はただ流されるだけでした。

 はぁはぁと息を整えながらぼんやりと窓を眺めます。
 ……一時の快楽から解放された私が思うのは、自分への嫌悪感だけでした。

 心の中とはいえ、志貴さまを使って自慰をしてしまった事。
 心の中とはいえ、妹の恋人を使って自慰をしてしまった事。

 ……なんて、私は酷い女なのでしょうか。

 指を抜き去ると、それは愛液にまみれてぬらりと光っていました。和服の内側は濡れ零した自分の愛液で湿り、微かに腿に冷たさを感じさせてしまいます。
 あれほど志貴さまを思い、身を焦がす程感じていた熱が、今は一気に冷めてしまって。

「……お夕食の支度、しなくちゃ……」

 はぁと、息をつきます。
 ゆらりと立ち上がり着衣を整えると、その指先を化粧台のティッシュになすりつけ、私は台所に虚ろな心のまま向かいました……